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 第10回大会のご報告

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特別記念対談
 第10回記念講演企画として,谷川俊太郎さんと工藤直子さんによる対談が実現しました。工藤直子さんに進行をおまかせし,お二人に80分間を自由に表現していただきました。この対談にあたり,ご参加の方からお二人への質問をいただいていましたが,できるだけ多くの質問にこたえたいということで,大部分が,それぞれの質問に対しての,時に深く,時に軽妙なお答えをいただく時間となりました。今回は,それらの言葉の輝きをできるだけ損なわないようにしたいと思い,また,アンケートにも多くのご希望をいただいた,逐語録的にまとめました。
 事前の質問の中で最も多かったのが,お二人に詩の朗読をしてほしいというもの。対談は,お互いの好きな詩を朗読するところからスタートしました。

お互いの詩について

工藤    まず,一番リクエストが多かったという朗読。お互いの詩の中で好きなものを読んでみましょうか。

谷川    俺,「てつがくのライオン」が一番好きなんだけど,ちょっと長いか。

工藤    ぜひ読んでほしいです。「てつがくのライオン」はじめて読んでくださいますね。

谷川 それが最初の自費出版の詩集の中?

工藤    はい。その3冊目です。

谷川    そうだ,3冊目か。何冊,自費出版してたの。

工藤    6冊です。

谷川    6冊も! その頃,まだ博報堂に勤めてたわけ?

工藤    いや,1冊目を作ったときまで。3年目に博報堂を辞めました。そのときはまだ,「てつがくのライオン」はできていませんでした。

谷川    (詩集を手に)これ,私の元奥さんの絵でしょう。

工藤    はい。佐野洋子さんです。佐野さんのライオンはね,「それがどうした」っていう不機嫌な顔してるんです。

谷川    あの人自身がすごい不機嫌な人だから(笑)。

工藤    不機嫌が似合う人でした(笑)。

谷川    「てつがくのライオン」(朗読)

ライオンは「てつがく」が気に入っている。
かたつむりが,ライオンというのは獣の王で哲学的な様子をしているものだと教えてくれたからだ。
きょうライオンは「てつがくてき」になろうと思った。哲学というのは坐りかたから工夫した方がよいと思われるので,尾を右にまるめて腹ばいに坐り,前肢を重ねてそろえた。首をのばし,右斜め上をむいた。尾のまるめ工合からして,その方がよい。尾が右で顔が左をむいたら,でれりとしてしまう。
ライオンが顔をむけた先に,草原が続き,木が一本はえていた。ライオンは,その木の梢をみつめた。梢の葉は風に吹かれてゆれた。ライオンのたてがみも,ときどきゆれた。
(だれか来てくれるといいな。「なにしてるの?」と聞いたら「てつがくしてるの」って答えるんだ)
ライオンは,横目で,だれか来るのを見はりながらじっとしていたが誰も来なかった。
日が暮れた。ライオンは肩がこってお腹がすいた。(てつがくは肩がこるな。お腹がすくと,てつがくはだめだな)
きょうは「てつがく」はおわりにして,かたつむりのところへ行こうと思った。
「やあ,かたつむり。ぼくはきょう,てつがくだった」
「やあ,ライオン。それはよかった。で,どんなだった?」
「うん。こんなだった」
ライオンは,てつがくをやった時のようすをしてみせた。さっきと同じように首をのばして右斜め上をみると,そこには夕焼けの空があった。
「ああ,なんていいのだろう。ライオン,あんたの哲学は,とても美しくてとても立派」
「そう?とても何だって?もういちど言ってくれない?」
「うん。とても美しくて,とても立派」
「そう,ぼくのてつがくは,とても美しくてとても立派なの?ありがとうかたつむり」
ライオンは肩こりもお腹すきも忘れて,じっとてつがくになっていた。
(工藤直子「てつがくのライオン」理論社より)

工藤    ずいぶん長く,いろんな機会にお目にかかるけれども,谷川さんが私のものを読んでくだすったのは,きょうがお初ですね。

谷川    何度か読んでるような気がするけどね。あ,工藤さんがいないときに読んでるんだ。何だっけ,虫やなんかが,なんかするやつあるじゃない。あれ読んでるよ,時々。

工藤    虫やなんかがするやつって,どんなんだったっけなあ。

谷川    意地悪言わないで,ちゃんと自分の詩なんだから題名言いなさいよ。

工藤    分かんない。だって,虫たちばっかだもん。うちの詩の中には。

谷川    人間のこと書いてないね。人間関係が苦手なの?

工藤    自分で,私はこんなにカマキリとか,おひさまとか,雲とかが好きだから,当然人間は好きだと思ってたの。そしたら,あるとき,「直ちゃん,人間が嫌いなのね」って友達に言われたことがあって,「えっ,いや,そんな」って言って考え込みました。

谷川    私も,どっちかっていえば,人間そんなに好きじゃないから,それはよく分かりますよ。でも,直ちゃんは酒飲むと人間好きになるよね。私は飲まないからね,常に冷静に,批評的に見てますけど。
 

工藤    なんで「てつがくのライオン」書いたのって聞いてくれない?

谷川    なんで「てつがくのライオン」書いたの?

工藤    誰からも注文を受けないころ作った自費出版の詩の中の一つです。私は,今でもそうですけども,夜寝るときに,空想して,その中で遊ぶんです。

谷川    寝つきが良くないから,それやるわけ?

工藤    気持ち良く眠れるんです。10歳で台湾から引き揚げてきたときからです。住む家がなく,難民生活だったので,空想で好みの家や町を作ってました。大人になっても空想が続いてました。ライオンについては,家の近くの土手の公園に,夜と朝の境目になるとライオンがやって来るという空想をしてたんです。そのライオンが,「哲学は肩がこるな。お腹が空くと哲学は駄目だな」といった(笑)。それを言いたくて,「てつがくのライオン」を書きました。

谷川    なるほど。はっきりしたメッセージがある詩なんですね。うちの父親が哲学者でしたけど,あんまり肩はこってなかったみたい。ただ,すごい食い道楽だったから,お腹が空いてたのかねえ。

工藤    お腹が空いた哲学者

谷川    かも。哲学者としては駄目だから。

工藤    お父さまの谷川徹三さん,カッコよかったです。学者のアイドルでした。

谷川    本当,2枚目でね。でも,迷惑しましたよ。だって,母親がそれで苦労したんだからね。私は母親の味方ですからね。
 

工藤    今度は私が谷川さんの中の大好きな詩を。短いから二つ読ませてもらいます。

「さようなら」(朗読)

ぼくもういかなきゃなんない
すぐいかなきゃなんない
どこへいくのかわからないけど
さくらなみきのしたをとおって
おおどおりをしんごうでわたって
いつもながめてるやまをめじるしに
ひとりでいかなきゃなんない
どうしてなのかしらないけど
おかあさんごめんなさい
おとうさんにやさしくしてあげて
ぼくすききらいいわずになんでもたべる
ほんもいまよりたくさんよむとおもう
よるになったらほしをみる
ひるはいろんなひととはなしをする
そしてきっといちばんすきなものをみつける
みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる
だからとおくにいてもさびしくないよ
ぼくもういかなきゃなんない
(谷川俊太郎「自選 谷川俊太郎詩集」岩波文庫より)

工藤    これは,どういうとき,どんなふうにつくられたんですか。

谷川    なんか,ポコって出てきただけ。ポコっと出てきたものを,後になって,頭を使って推敲をしていくといい詩になることが多いね。

工藤    たくさん書かれた中で,ご自身の中で,この詩はどのくらいのポジション?

谷川    ベストファイブの一つですね。

工藤    もう一つ読ませてください。

「芝生」(朗読)

そして私はいつか
どこかから来て
不意にこの芝生の上に立っていた
なすべきことはすべて
私の細胞が記憶していた
だから私は人間の形をし
幸せについて語りさえしたのだ
(谷川俊太郎「自選 谷川俊太郎詩集」岩波文庫より)

工藤    これも,ベストファイブですよね。詩ってふつう,自分が「おお!」って思って好きになるんですが,この詩は,茨木のり子さんが『詩のこころを読む』という本で紹介してくださって,好きな詩が,いっそう好きになりました。「影響を受ける」というのはこういうことかと思いました。
 では,これから,みなさんに事前にいただいていた質問に答えていきましょうか。


詩をどのように生み出しているのですか

谷川    自分の中の意識をできるだけ抑えて,意識下,意識よりも下のほう,まだ言葉がよく生まれてないような,ドロドロしてるかもしれないけど,そこに,なんとなく触れるようにして言葉が生まれてくるのを待ってる。

工藤    なんかこう,無になって,空っぽになってというイメージ?

谷川    理想を言えば,空っぽになるのが一番いい。なかなかそういうふうにならない。僕はよく,お風呂の中でおならするみたいっていうんですけどね。待っていると,そのうち1行,2行言葉が出てくる。それを書き留めて,そこからある程度,理性を働かせて,意識を働かせて,少しずつ詩を作っていくんだけど,そのときにもやっぱりポコっていうのはどこかであったほうがいい。

工藤    やりながら,またポコっと。

谷川    この頃は,朝,目が覚めてぼんやりしてるときに,何か,言葉が浮かんでくる。それをメモしておいて,後でMacのディスプレイで見直して作っていく,というようなことはありますね。

工藤    なるほど。私の場合は,公園なんかを歩いてるとき,言葉かけらみたいなもの――ポコなんだと思いますけど――が出てきます。紙があればメモしちゃいますけど,なければ,またいずれ出てくるかもと思って忘れます。そんな言葉かけらが,パソコンに入れてあるんです。

谷川    入れてあるんだ,かけらを。

工藤    はい。それで,書こうかなと思うときは,パソコンの言葉かけらをボケーっと見てると,全然関係のないものが「別ポコ」で出てきます。そこからウタが生まれる。
 

詩を書き始めたきっかけを教えてください

谷川    北川幸比古という,後に児童文学作家になった同級生が詩を書いていて,その詩が好きだったもんだから彼に誘われて書き始めたんです。

工藤    谷川さんの高校時代は,たぶんもの静かで引っ込み思案ふうだったんじゃないかなと思うんですけど。

谷川    友達がいなくてもいい人でしたね,私は。

工藤    私は,中学,高校は体育会系で。

谷川    そうなんだよね。今でも何かやってるじゃないですか。

工藤    やり投げ。
(聴衆からどよめきが起こる)

谷川    ほら,この反応。

工藤    高校のときから体育会系でした。そうすると同級生の女の子から,「直ちゃんはいいわね,苦労がなくて」って言われてました。でも,心の中では,(いや,直子だって,落ち葉が落ちて,ひらひらすると,それだけで泣くんだぜ)ってつぶやいていた。私だって悩むことあるんだよ,ということを秘密で書いてた。15,16歳のときに書いた詩で,「心」という3行ぐらいの詩があります。

「心」(朗読)

くたびれたつけもの石のように
わたしの心は
かびのにおいがする

谷川    まど・みちおさんみたいじゃん。ひそかに書いていた言葉を,人前で読んだり書いたり発表したりできるようになったのはいつ頃からですか?

工藤    26才のとき。自家版の詩集をつくったときからです。

谷川    自家版の詩集を出そうと思ったきっかけは,やっぱり読者がほしいと思ったわけ?

工藤    はい。


言葉を生み出す原動力は何ですか

谷川    それは生活費ですよ。

工藤    カッコ付けてるんじゃなくて本当に淡々とそう思っていらっしゃる。(笑)

谷川    だって,大学に行ってないしさ,俺,すごい暑がりだから,夏,背広着て,ネクタイ締めて地下鉄に絶対乗れないって諦めたんですよ。だからお勤めは無理だから,とにかく書くことで食っていくしかないと。だから,来る注文はできるだけ引き受けて,原稿料をいただいて,なんとなくこれまでやってきました。

工藤    カッコいいね。なんか悔しいけど。(笑)

谷川    そうね,書くだけで一応生活できたっていうのは,もしかするとね。

工藤    それと,それにチカラ入れてないじゃん。つまり,俺は言葉で世界を動かすんだとかさ,この旗を持って振ろうぜみたいな,だって,そういう考えの詩,たくさんありますよね。

谷川    一人っ子だからさ,ささやかに生きてりゃいいの。

工藤    私は,引き揚げで何にもなくなるっていうのが「気持ちいいじゃん」になったんです。そのあと,日本に帰ってきても,何にもないほうが好きで,楽だったりするので。


なぜ,詩をつくり続けることができるのですか

工藤    私は面白いからです。1人遊びができるからです。

谷川    俺,この頃,やっぱり詩を書くことが生きがいになってますね。前はそんなことなかった。

工藤    そうですね。

谷川    そう,世の中つまんなくなってきたから,せめて詩かなんかつくって楽しもうみたいになってきましたね。

工藤    言葉がいちばんお金かからないです。

谷川    そうだよ。材料,ただだもんね。


現時点での目標はなんですか

谷川    うちの父親は,死に方だけは,僕は感服してるんですよ。前の晩にちゃんとお風呂に入って,体をきれいにして……。それでベッドに寝て,おやすみなさいって言って,朝,来てみたら,全然,苦しまないで,すごくいい顔して死んでたのね。94歳だから病気があったって不思議じゃないんだけど,寝込んだりしないで,94歳でちゃんと一晩で亡くなったっていうのはすごいと思ってんですよ。

工藤    元気に死ぬこと。それが目標ですか。

谷川    はい,そうです。

工藤    あんまり,聞いている人の役に立たないね(笑)。でも私も同じような目標です。身一つになることです。ガンジーの本を読んでいたら「やっと老人になって持ち物が,杖1本とおわん1個になりました」と書いてありました。カッコいいと思った。それをいつかやろうと思っていて,まだガンジーさんよりは持ってますけど,かなり減らしました。

谷川    いいですね。

工藤    いいでしょう。谷川さん,多いでしょう。(笑)。


詩を通してどんなことを伝えたいと思ってますか

谷川    何もないです。これ大事なところだよ。

工藤    私もそう思います。伝えたいことっていうのは,言葉では伝わらないはずなのを了解していて,それでも,なんとか……というくらいの感じ。あ,学校の先生は,伝えたいと思わなきゃいけないのか。

谷川    学校の先生は,伝えることに全精力を使ってるわけでしょう。

工藤    でも,少なくとも詩に関しては自分でつくって遊んでほしいな。

谷川    では,詩は一体何になればいいんですか。

工藤    私は,自分の心の「吸ったり,吐いたり」だと思ってます。

谷川    すごいエゴイスティックなもの。私は,詩は,野に生えている草木と同じような存在になるのが理想です。草木は何にもメッセージ持ってないでしょう。だけど,そこに存在するだけで美しくて人を感動させるじゃないですか。言葉がそういうふうになるのが詩の理想形だと思うんだけど,言葉って厄介なもんでね,意味があるからなかなか,そうならないんですよね。


子どもたちにアドバイスをお願いします

谷川    子どもにアドバイスって言われたら,どの子にするのって,こうなっちゃう。1人に対してじゃないと,アドバイスできないもん。みんな違うんだからさ。10人が10人違うんでしょう。

工藤    私は,まず,何か好きなものについて書いてって言うかな。

谷川    それはアドバイスとは言わないような……

工藤    子どもたちがうれしくなって,「直ちゃんになら何書いて持ってってもいいんだ」って言ってくれるように。だから,詩のときだけは,先生と生徒みたいな関係じゃなくて対等な感じになってほしい。

谷川    詩の場合は,そういうのがいちばんいいけどね。

工藤    詩を書くときは,「子どもたちに詩を書かせる場」だけではなくて,先生もいっしょに書いてくれたらうれしいな。

谷川    書くときはね。読むときはどうですか。教科書に載っている詩を読むとき。

工藤    3通りあると思います。一つ目が,もっともその詩の内容をきちんと踏まえた朗読をすること。くっきり,はっきり,大きく,意味不明にはならなくて,遠くの人まで聞こえるように。二つ目が,まず自分の好きな詩を選んで,それを自分のものだと思って,私が作者ならこう読むという読み方をする。三つ目が,詩で遊ぼうという読み方。例えば,「のはらうた」の「かまきりりゅうじ」なら,6歳のかまきりになったらどう読む,おじいちゃんのかまきりになったらどう読むかと,自由に想像を広げて読んでみる。

谷川    かまきりって6歳だったら,もうおじいちゃんになるよね。

工藤    ん,もう!(笑)。そういうことを子どもたちとしてきました。谷川さんは,一緒に何か作ってるね,よく教室で。

谷川    子どもたちとね。例えば,詩を書けっていきなり言っても書きにくいと思うんだよね。自分の子ども時代のことを考えても,詩を書くなんて本当に困ったんですよね。だから,書き方というものを,形を決めて教えて,書いてみようよというのを,一昨日やってきました。その一つがアクロスティックで……


誰でもやりやすい詩を書く方法はありますか

谷川    これは僕の年来の友人がつい最近出した本なんだけど。『ことば遊びセレクション』,ここに非常に実用的な詩のつくり方がいっぱい載ってるんですよね。これだったら,君の気持ちはどうなんだとか,自己表現的なこと考えないで,日本語を材料にして,日本語の豊かさ,美しさをいくらでも作っていける。

工藤    みんなで一緒に作ろうというときに,私自身が参考にしているのは,谷川さんの,ちくま文庫『詩ってなんだろう』です。この本は,わらべ歌から,いろは歌,ことわざなど,いろいろな形で,言葉の広がりを紹介しておられる。

谷川    そうなんだよな。みんな,時々,詩をすごい高級なものだとか,奉っちゃうことがあるんだけど,そうじゃなくて,詩っていうのは富士山みたいなもんでね。頂上には中原中也や宮沢賢治がいるんだけど,裾野には我々がいるわけですよ。だから何をやっても詩になるんだよね。だから,詩をそういうふうに思ってくれるとありがたいなと思います。


詩を読むことと書くことをどのように結びつけることができるでしょうか

谷川    初めからこの詩は音読してほしい,あるいは自分で声に出して読んだほうが伝わりやすいということを意識して,平仮名表記で書く詩もあります。けれども,これは絶対に音読してほしくないと,自分も声に出して朗読はしないという詩もあるんですよ。つまり,それは声に出すとよく通じないみたいなね。だから,活字になったものを繰り返し読んでみて,だんだんと理解していくような詩もあるから,そういうのは朗読には向いてないと思うね。判断してほしいんですよね。時々,小学校で群読っていうのをやるでしょう。声を合わせて読むというのが僕は苦手で,あれをやられると死んじゃう詩が結構あるんですよね。詩はやっぱり一人一人が自分の声で読むほうがいいと基本的に思っています。

工藤    小学校ではグループ活動が多いですね。それもいいけど一人,つまり,孤独でなければ出会えないものもある。詩を書くときは「1人でおこもり」みたいな感じの書き方もうまくできるといいなと思います。


自分が教師だったら,授業で詩をこう扱いたいということがあれば教えてください

谷川    まず,教科書に載っていなくて,自分が好きで,子どもたちと一緒に考える適当な詩を選ぶことから始めますね。教科書に載ってる詩を,金科玉条で奉っちゃうようなことは良くないと思っております。特に先生は詩を教えるんだったら,自分の好きな詩を見つけて,それを子どもたちと一緒に考えていくのが大事なんじゃないかな。

工藤    以前,ある先生が,「今まで僕,詩を教材としか見てませんでした」とおっしゃった。熱心で責任感のある先生ほど,この詩をどう「教え」ようかという方向に意識が向いて,自分自身がどう思うかということが消えてしまっている気がします。自分が――先生でもなきゃ男でも女でもなく――になって詩に出会ってみてもらえるとうれしいです。


言葉を選ぶとき,基準にしていることはありますか

谷川    ないです。基準がないんです。ただ,今の時代になんとなくポピュラーになってしまっている言葉――例えば,「絆」とか――そういう言葉は本能的に避けますね。

工藤    私もそうです。

谷川    だから,言葉は,その時代によって,生きたり死んだりするね。「生きざま」って言葉もね,ちょっと使いにくくて,あれも本来は結構いい言葉だったと思うんだけど,今やちょっと使えないみたいな,そういうことが結構あるんですよね。

工藤    「子育て」とか,「学び」とか,省略した感じの言葉が気になります。

谷川    もちろん組み合わせる言葉によって,それが生きることが当然あるから,その工夫はもちろん忘れちゃいけないんですけども。

工藤    例えば,5,6人で喫茶店に行って「あなた何にする」というときに,「あ,コーヒーでいいです」という『で』は使わない。「コーヒーでいいです」って言うと,コーヒーが「ボクじゃなくてもいいわけね」とすねちゃうような気がして。(笑)

谷川    そうだね。「今日の講演は工藤直子でいいです」って言われたら,頭にくるよね。

工藤    あはは。「ぜひ工藤直子を」だったらいいね。(笑)

谷川    そういう日本語の微妙なニュアンスを感じ取る能力を失ってほしくないんだよね。

工藤    自分の「苦手」と「好き」という感覚を大切にしていただければなあ。

谷川    それは,家庭,親や年長者がどういう言葉を使っているかということにすごく影響を受けますよね。特に子どもはね

工藤    以前,茨木のり子さんに「苦手な言葉ありますか」って聞かれて,今の『で』の話をしたんですが,のり子さんは?ってたずねたら,「小腹(こばら)かな」っておっしゃった。

谷川    小腹が空いたの『こ』ね。

工藤    それ以後,私も,「小腹」という言葉を使わなくなりました。


言葉の役割についてお考えをお聞かせください

谷川    言葉っていうのは,いつ生まれたのかよく分かんないわけですよね。だけど,基本的に人間しか使ってない。動物は,信号的なものとかね,体の身ぶりとかいうもので,ある程度コミュニケーションをしているけども,言語みたいな抽象的なコミュニケーション能力は持っていないですね。でも,言語が生まれたおかげで世界の秩序みたいなものができたわけですよね。でも,言葉って,どうしても右と左,善と悪みたいに二手に分けてしまう,すごく困ったものなんですよね。我々詩を書く人間は,そういうふうに分割しないで全体をどうにかして書きたいと思ってるから,そういうときの言葉をどういうふうに使うかということにすごく困る。だから,言葉っていうのは,あるときには信じないほうがいい。言葉だけを信じていると変なことになりますね。言葉を信じないで何を信じるかっていったら,やはり,自分の生きている体の経験みたいなものに,基礎を置かないとやばいんじゃないかなと思います。子どもはみんな,それをやってるわけでしょう。言葉を覚えちゃったおかげで,だんだん社会に順応しすぎるようなことになっちゃうんですよね。

工藤    私も新入社員のときに,知識,知性などでみんなに太刀打ちできないと思い,いろんなものを使ってそれならいっそ感性のお化けになろうって。

谷川    お化けにまでなんなくてもいいんじゃないですか(笑)。でも理性と感性って確かに対立する面があるんですよ。感性ってのは言語化できないものを含んでいるからね。理性はやっぱり全部,言語化できないと困ると思っちゃってるからね。

工藤    憲法や法律のための言語・文章と詩の言葉は,真反対のところにいる気がします。

谷川    そうですね。でも,法律も精密に言ってるつもりだけど,全部なんかこぼれてるんですよね。そんなに正確に一つを定義することはできないんですよ,言葉では。

工藤    例えば,恋愛中の2人がいて,太郎さんが「花子,愛してるよ」って,『愛してる』という言葉を使います。花子も「太郎さん,私も愛してるわ」と言って,お互いに「僕たち,アイシテルって一緒だね」って言うけど,その中身が同じかというとちがうんです。

谷川    そんなに演技しなくても分かりますよ(笑)。

工藤    このくらいしないと笑ってくれないんだもん(笑)。言葉でいう「愛してる」なんて穴ぼこだらけだと思ってて。だから,言葉を信じすぎないほうがいいんじゃないかなと思う。


詩や言葉について教えるときに,大人として気を付けるべきことは何ですか

谷川    自分がそれを教える詩を本当に好きかどうかってことをちゃんと確認しないとまずいって思うんですよね。ずっと以前に聞いた話なんだけども,詩を好きな教師がいて,自分が好きな詩を一人で朗々と朗読して泣くんだって。その先生は,この詩が分からない奴はばかだって罵って出て行くだけで,何にも教えないんだって。でも,生徒が社会に出ていったときに,ふと,そのときの詩が体の中から出てきて,その詩のよさが分かったんだって。その先生の情熱っていうのかな,それが伝わるんですよ。意味じゃないものを持っているんですね。

工藤    きっとみんな持ってるんですよね。一人一人,自分の大好きなものを。

谷川    つい,教材として見てしまうと,その情熱が出せなくなっちゃうところがもったいないよね。

工藤    教師という肩書きなんて外しにくいのかもしんないけど,少なくとも詩を読んだり,自分で書こうと思うときには,肩書きなしのただの「ひと」でいてほしいです。……なんか,生意気なこと言っちゃった。

谷川    「ただの」なんて,なかなかなれないでしょう。ただの工藤直子なんていないよ。

工藤    私,ただの直ちゃんですよ。

谷川    ただの直ちゃんって言ってるけど,ちゃんと詩集出しちゃってるから,もう,「ただ」じゃないんだよ。

工藤    そうか。(笑)

谷川    無理です,それは。自分の内心で思ってるだけでいいの。人にはあまり言わないほうがいいよ。ただの直ちゃんなんて言ってるとさ……

工藤    いやらしいね。

谷川    いやらしいですよ。

工藤    いやらしいですね,ごめんなさい。じゃあ,ドヤ顔の直子です。やりすぎか。(笑)


言葉の持つ負の側面についてお聞きしたいです

谷川    今,ちょっと言いましたけどね。二つに分割してしまって,矛盾を嫌がると。だけど,矛盾こそが実在の証しであるって,シモーヌ・ヴェイユっていうフランスの哲学者が言っていて(「重力と恩寵」1947),肝に銘じたんですよ。みんな「矛盾」を嫌がるでしょう。

工藤    そういえばそうですね。

谷川    ところが,現実は全部,矛盾してんですよ。だからその「矛盾」を恐れていては,現実は丸ごとつかめないんですよ。「矛盾を恐れてはいけない。矛盾をどうにかして全体としてつかむ」っていうのが大事だと思うね。そのために言葉を使わなきゃいけない。言葉は分割のためにあるんじゃなくて総合のためにある。

工藤    そういえば,河合隼雄さんが,よく講演でおっしゃってました。「いやあ,口は一つしかないからもう大変ですな。こっちだけ言ったら反対のことが言えないから,一緒に言えるような口があればいいですな」って。(笑)

谷川    でも,それが言えるのが詩なんですよ。基本的にはね。


本よりもスマホに向かうSNS世代と呼ばれる少年少女たちをどのようにとらえているか聞きたいです

谷川    だから,そういう集団でとらえるのは苦手なんですよ。うちの孫を見てて,俺には絶対できないことやってるなと思って,尊敬してますけどね。ただ,すごく短い言葉でコミュニケーションしているということに不安も感じてます。

工藤    なるほど。また河合隼雄さんの話ですけど,あの方は不登校の子ともカウンセリングをされていました。(その子の)今の学校のことや,子どもの好きなこと,いろいろ分からなくて大変じゃないですかって訊いたら,「いやいやいや,何にも分からんほうがいいんです」って。「ほー,へー,それで」って,ちゃんと聞くことができるって言ってました。そうすると,得意になって教えてくれる,と。

谷川    何にも分からなければ……

工藤    ちいさい人たちって,木で言えば新芽だと思うんですよ。今,生まれた人が一番の新芽。そうすると,ほれぼれと,見守って拍手するのがオトナの役目のひとつだと思ってます。私もほほーって言って教えてもらいます,きっと。


参加者との質疑応答より

フロア    もしお二人が,教壇に立って子どもたちを育てていくというお立場だったら,何を一番意識して子どもたちに伝えて行こうと思われますか。


谷川    「もし」で言うんだったら,まど・みちおさんがお手本になるかな。まどさんは,ただ,座ってるだけで,何にも言わないで,彼の存在というものを感じさせてた。まどさんは意識してなかったと思うんだけど,その存在の仕方が,無言の教育になりましたね,私にとっては,少なくとも。

工藤    私がもし先生なら,「秘密のマンツーマン」というのをしますね。クラスを1年間担当するでしょう。今日はあの子とあの子と握手してちょっと触ろうとか,今日はあの子とあの子としっかり目を合わせようとかね。そうやって,1年間たてばみんなと出会えた気がすると思うんです。私は,それをこっそり秘密の楽しみにします。


フロア    外国語の絵本を翻訳されるときに,気を付けていることや,大切にしていることがあればお聞かせください。


谷川    日本語として魅力的な訳をしたいっていうふうに思ってますね。正確な訳はもちろん必要で,基本的にできるだけ原文を生かさなきゃいけないけれども,意味だけじゃなくて,その味わいみたいなものも日本語にして味わえるようにしたいということを考えています。それから,絵本の場合には,絵との,レイアウトの問題もあるので,できるだけ行の長さなども原文に近づけて訳そうということは考えてますね。また,全然日本語にない言葉が出てくることがあったら,そういうときは,しかたがないから思い切って意訳してしまうとか,そういうこともしますね。

工藤    『はらぺこあおむし』というエリック・カールさんの本で,蝶の飛び方で,『zig and a zag and a ziggety zag』と書いてあった。「ジグザグ」は知ってるけど,「ジゲティ」って,なんじゃこりゃって思って,ネイティブの人にも訊いたけれど,「いやあ,よく分からない」って言うの。だから,そのときは「ぱったたぱたた」というふうに訳したことを覚えています。

谷川    日本語はオノマトペが豊かだから,いくらでもでっち上げられるんですよね。


フロア    言葉になる以前の,「衝動」っていうのでしょうか,そういうものがどうしようもなくある状態っていうのはどのくらいの頻度であるものなのでしょうか。


谷川    それは意識下の問題でしょう。誰でも意識下ってのはあるわけですよね。すごく意識下が汚れてる人とか,意識下がすごくきれいな人とか,意識下がとっても傷付いてトラウマを持ってる人とか,それは人によって一人一人違うわけですよ。だからそれを一般論としては言えないけど,どちらかというと,僕はすごく意識下がうすい人なんです。わりと恵まれて生まれ育ってるから。だいたいトラウマがある人は意識下にいろいろとため込んでいるわけじゃないですか。それが詩のもとになっている人もいるし,それがいい詩になっている場合もあるんだけど,僕はどちらかというと,そういう意識下に苦労したことがないのね。だから割合,軽々と詩が書けてしまうというのが長所であり,欠点でもあるというふうに思ってるんですね。ただ,そうは言っても,さっき言ったマザコンみたいなものは赤ん坊の頃から今に至るまでやっぱり自分の中にはっきり残ってるってことは自覚してるんですよ。だから,自分の意識下に気付くっていうことは生きていく上では大事だと思いますね。人を傷付けないで済むかもしれない。他人の意識下の衝動で傷ついたという記憶がありますから。

工藤    私も,意識下ではないけど,隠れている状況に関する言葉使いというものについては,注意深くなりました。


最後に  子どもの詩から

工藤    私,最後に一つ,ちっちゃい人たちから最近もらった詩で,好きなものを,みんなに聞いていただきたいんです。最初は「せみおの日記」。小学校6年生。

「せみおの日記   のはらせみお」(朗読)

7月21日 地面から出た
7月22日 人間の子どもにつかまえられた
7月23日 虫カゴの中はせまい
7月24日 にがしてもらった
7月25日 たくさんないてたのしかった
7月26日 たのしかった
7月27日 今日まで,たのしかった
(のはらうた30年記念「のはらうた」大賞入賞作品より)

これ,好きなんですよ。

谷川    工藤直子の『のはらうた』よりもいいじゃん。

工藤    いいんですよ。ちっちゃい人の詩をいただくとね,勝てないって思います。

谷川    1発にアマは強いの。我々には書き続けねばならない悲しさがあります。

工藤    次は,「おれのおとうととうま」。小学校1年生の男の子です。

「おれのおとうととうま」(朗読)

かわいいけど
おいでっていってもこない
どうしてもかわいいから
ぼくのほうから
だきついちゃう
(小樽こどものポエムコンクール 第3回入賞作品より)

谷川    かなわないね。

工藤    かなわないんです,大人は。だから,先生方,どうぞ小さい人たちが書くときに,「ほほう!」とだけ,言ってください。「これ,文字間違ってるよ」とか,「こうじゃないほうがいいんじゃない」とか,「もうちょっと足したら」っていうのは,後で2人で相談するときに言えばいいから,まずは「ほほう!」をしてあげてください。ということで,言いたいことは終わりました。谷川さん,なにか最後に一言ありますか。

谷川    ないです。(笑)

(了)