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 第8回大会のご報告

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狂言とわたし 芸歴80年を迎えて
 第8回研究大会記念講演は,2007年に人間国宝に認定され,「万作の会」主宰として国内外での公演ご出演や,ワークショップ開催など狂言の普及活動に貢献されておられる野村万作先生を講師にお迎えいたしました。先生は,古典はもとより,狂言の技法を駆使した新しい試みにも精力的に取り組まれておられます。
 本講演では,狂言の型・所作や言葉の実演,映像でのご紹介等を交えながら,80年の長きにわたり,一途に狂言の道を歩んでこられた先生の人生について,お話しいただきました。
狂言の基礎。謡と舞,そしてせりふの口伝え  
 
 
 
 
 
狂言の基礎。謡と舞,そしてせりふの口伝え  
 
 
 
 
 
狂言の基礎。謡と舞,そしてせりふの口伝え  
 
 
 
 
 
狂言の基礎。謡と舞,そしてせりふの口伝え
 
(狂言「しびり」の映像を上映。先生にご解説いただきました)

狂言の基礎。謡と舞,そしてせりふの口伝え
 私は野村万作といいます。長男が野村萬斎。ですから,萬斎の父でございますと自己紹介するほうがうけます(笑)。さて,狂言というものは,室町の頃の演劇の一つで,能と一緒に,今のような能舞台でやるものです。能は厳粛で重々しく,しかも謡いと舞という舞踊とオペラが一緒になっている演劇なんですね。そして,歴史上のヒーロー,ヒロインが出てくるんですよ。
 能は割合と悲劇的であったり,幽玄だったり,あるいは,幽霊が出てきたりすることが多いんですね。そういう写実をこえた劇であるのに対して,狂言はごく普通の意味での演劇です。主にせりふとしぐさでやりとりをする。有名な人はまず出てこない。いろいろな階層の人が出てきます。主人と家来,商人,お百姓,あるいは,山伏,盗人。そういうふうに,当時のいろいろな階層に居た人物たちが登場して,恐らく,当時話していた日常語を舞台化したということだけは,確かだろうと思うんですね。

 私の初舞台は,昭和9年,お猿さんの役をやりました(『靱猿』)。お猿さんは,言葉のほうは,「キャーキャーキャー」と言うだけですけれども,動きがなかなか難しいんです。まず,でんぐり返しをしたり,ノミをとって食べたり。月を見る型をしたり,寝る型をしたり。さまざまなモノマネ芸をします。そして,猿回しの歌につれて,『さても,めでたの,あきいつすや,イヤー』とこんなようなリズムにのって,ピョンピョンと跳ねて踊ります。
 さて,次なる段階で,狂言の演技の基礎になる謡と舞を勉強します。謡と,その謡には舞がついている。つまり,歌にダンスがついている。そのダンスを覚えないと,さっきの映像のように,すり足して,肩を動かさないで舞台を歩くということが身に付かないわけですね。したがって,まず,謡・舞を覚えて,その上で,子どもができる狂言を本なしで口伝え。字を読めない頃ですから,先生が「この辺りの者でござる」とひと言言うと,子どもがまねをする。「この辺りの者でござる」と。
 このような大きな声で,ひと言ふた言,み言。だんだんに増えていくんですが,どんなことを注意されるかというと,まず姿勢。正座の形で,あごを引いて,先生と向かい合って,先生が一句言うと,大きな声でまねをするわけです。そうしながら,少しずつ,暗記していくわけですね。だから,字を見てせりふを言うようになるのは,かなり大きくなってからです。中学生ぐらいになれば,だんだんに本を見ながら習うということになりますが,それまでは無本。いきなり口から口への伝達ですね。
 まず,「この辺りの者でござる」の2字目の,「の」の字をはり上げなさい,こう注意されます。その2字目を「このっ」ということによって,言葉を明快にはっきりと表現する。しかも日常を離れた一つの様式として。実は,ここがとても大切で,こういう基本を身に付けている・いないでは,後になって,せりふというものが,狂言らしい・古典らしい感じで,なおかつ,大変リアルな表現もできるという世界に行き着けないんですね。
 だから,基礎はたいへん大切です。しかし基礎は面白くないですね。国語だって,文法だけだったら面白くないですよね。でも,始めがとても大切だなと思います。
狂言の日本的な特徴。争い事も揚げ幕へ入れば仲直り  
狂言の日本的な特徴。争い事も揚げ幕へ入れば仲直り
 「末広がり」は,扇のことです。大名が太郎冠者に,お客さんを大勢呼んでパーティーをしたい,そのときのお土産に「末広がり」をあげたいから,おまえ,都へ行って,買ってこいって言うんですよ。太郎冠者に,「末広がり」の説明をして。
 太郎冠者は,気軽に承知して都へ出掛けますが,都の悪者に,ごまかされて古い唐傘を買ってきちゃうんですよ。それで大名に怒られる(『末広かり』)。
 ところが,室町の作品の面白いところは,その古唐傘を売りつけた悪者が,おまえの主人が機嫌の悪いときに,機嫌を直す歌を教えてやる。こんな歌だよ,と教えてもらって帰ってきたんですね。太郎冠者は,主人に怒られたので思い出し,ああ機嫌を直すには,あの悪者が教えてくれた歌を歌えばいいんだ,と歌って踊るわけです。それで,主人は機嫌を直して,めでたしめでたしとなります。悪者もどこかいいところ,優しいところがあって,機嫌を直す歌なんかを教えているわけですね。怒られるに決まってるということが分かってるわけです。「狂言というものは,舞台上でどんなに主人と家来が争ったり,けんかしたりしても,舞台の長い橋がかりを通って,揚げ幕へ入ってしまうと,多分,仲直りしているのではないかと想像されます」といったのは,私のお弟子だったアメリカ人の狂言研究家でした。
 ヨーロッパなどの演劇と違うのは,悪と善がぶつかり合って,激しく戦うというようなものがあまりないところ。たとえ,そうなっても,後にはシェークハンドしてると。あくる日も同じようなことがあるかもしれないけれども,終わって揚げ幕へ入ってしまえば,そんなに争っているわけではない。一種の融和,非常に平和的な印象を与えているわけだろうと思います。その辺も日本的という意味での特徴が狂言にあるのではないでしょうか。
狂言を背負って舞台に立った「子午線の祀り」  
 
 
 
 
 
狂言を背負って舞台に立った「子午線の祀り」
 
狂言を背負って舞台に立った「子午線の祀り」
 小学生のとき,国語の時間で,私が『末広かり』を読まされたことがあるんですよ。「野村,狂言やってんだから,読んでごらん」と。それで読みましたが,たどたどしくて読めなかった記憶があります。申し上げたように,台本を見て狂言やったことがないからです。口から口へ習っているから,字を見てせりふを言うという習慣がなかったんですよ,小学校のときは。だから,恥ずかしい思いをしたという記憶が残っております。

 さて,その私は狂言の他にも新しい試みをいくつかやりました。その中の一つが,『子午線の祀り』という木下順二さんの作品です。平家物語を土台にした壇ノ浦の合戦のシーンがやまになっております。平家方は知盛,源氏方は義経。私は義経の役をやってくれと言われて,二百回ぐらい演じたでしょうか。
 そういうときに,私が一番考えたことは,自分は狂言師であるということです。他の演者たちは歌舞伎の人や,ほとんどが現代劇,新劇の人です。有名な山本安英さん,滝沢修さん,宇野重吉さん。こういう立派な方々と同じ舞台に出て行くわけです。そのときに,狂言を背負って出て行かなくちゃいけないと思いました。この経験によって,狂言というものは,非常にせりふを明確に言うということ,隅々まで声が通るとか,日本語として美しいとか,そういうものを一緒にやる演者,および,鑑賞してくださるお客さまに植え付けたい。そういう印象を与えたいなと思って,一生懸命やりました。
 宇野重吉さんの演出でしたが,「野村さん,少し小さい声にしてください」と言われました。つまり,先ほどの「この辺り」的にやれば,大きな声になるわけですよ。ことに,古典の文体も入ってる平家物語を土台にしてますので,そうすると朗唱するわけです,かなり。そして,リアルに言うところもあるわけです。
 私は朗唱のほうは得意でしたが,現代劇の人は朗唱は得意ではないんですよ。リアルにもの言うほうが専門ですから。逆に私は,リアルにもの言うほうは苦手です。だけど,劇ですから両方の要素がありました。そういうことで,苦労をしながら義経をさせていただいて,いろいろ収穫がありました。
 演出の宇野重吉さんが,「せりふというものは,恋人に電報を打つようなもので,思いの丈を全部,字には書けないんだ。文章というものには,行間の意味があるから,それを探してみろ」とか,そういう意味のことを言っておられましたですね。
 私ども古典の世界の稽古は理屈なんか全然言わず「こうやれ」と習ってきたものですから,そういう理屈的なものは,経験なり,年季を経て少しずつ自分で獲得していくわけなんです。しかし現代劇は違いますからね。そういう役への入り方は,なるほどなと思いました。
日本語について考え,まず声に出してみる  
日本語について考え,まず声に出してみる
 とにかく日本語とは何ぞやということを,ぜひ考えていただきたい。やはり日本語の時間は国語の時間ですし,国語というのは昔は『読み方』といっていましたから。声を出して,意味が分からなくても,大きな声で読んでみる,姿勢を正しながら読んでみる。古典があまりにも難しければ,現代語に置き換えて,さっきの宇野さんのように,しゃべってみる。これは,最近もドナルド・キーン先生がよくおっしゃってますね。日本人も,古典が難しいと思うならば,外国人が読むように,現代語に訳したものを読んだらどうでしょうか。そこから入っていくというのも,一つの手だと思いますね。

狂言の難しさ。父親を越えるために  
 
 
 
 
 
狂言の難しさ。父親を越えるために
 
狂言の難しさ。父親を越えるために
 さて,私は狂言を80年やってきたわけなんですけれども,誠に狂言というのは,難しい芸だと思います。子どものときから稽古をさせられて,本当に小さいときは,おじいさんにご褒美を買ってもらったり,かわいがられたりしながらの稽古でした。しかし,父親から習うようになると途端に厳しくなりました。それが小学校の高学年から中学生くらい。どうしてこんな創造性のないものをやらなくちゃいけないのか。特殊なことをやるってのは,とっても嫌なもんですね,若いときは。他の生徒と一緒のことをやりたいですね。そういうことで,反発した時期もあり,迷った時期もあります。しかし結局,周辺の演劇なり何なりを見て歩いたりしているうちに,だんだんと狂言のよさ,魅力というものが自分で分かっていきました。
 稽古は厳しくて,独創性はあまりないけれど,先生である父親のやっている芸は,とってもリアルで面白い。稽古とは違うんだなあと,そんなふうに見ることができるようになり,いろいろ角度を変えて見ることによって,魅力を感じました。簡素な,シンプルな劇だからこそ,役者の力で,役者の演技力でゴージャスに,豊かに表現する。ああ,これは魅力的な仕事だ,とこんなふうにも考えたときがありました。
 そして,父親が79才で,祖父は77才で亡くなりましたが,そういう年齢を自分自身がもう越してしまったと思うとなんといいますか,今までは父親の芸には足元にも及ばないとずっと思ってきたんですが,そんなこと言っていては駄目だ,やはり,年を越えたからには,父親の上をいくようなことをやらなくちゃ駄目なんだと,この頃,思うようになっています。
 それで思い出すのは,あるとき父親が,私は父離れが非常に遅かったものですから,「おまえ,俺と同じことやったって俺以上にはなれないぞ」というようなことを言いました。つまり,もっと自分の世界をつくれということ。伝統の世界でも,そういう言葉が言われるんですね。それで,はたと胸に何か来たのですね。それまでは,一生懸命父親の芸をまねていました。後を追っかけていると,可愛がられるわけなんですが,それが,そんな言われ方をしたということを思い出します。

時代ごとに生き続ける古典を表現する  
 
 
 
 
 
時代ごとに生き続ける古典を表現する  
 
 
 
 
 
時代ごとに生き続ける古典を表現する
 
時代ごとに生き続ける古典を表現する
 基礎的な芸への意識の強い,30代,40代ぐらいの者のせりふは,いかにも古典のせりふを聞いているように思えます。しかし,60代,70代の上手のせりふは,なぜか現代の言葉を聞いているように思えます。それだけ表現力というか,型を抜けだしてしゃべっているということなんですね。古典といえども生き物で,だんだん自然になってゆくんです。
 これが頭でっかちに考えて,こう改革して分かりやすくしようとか,そういうのではなく,自分が繰り返し繰り返し演じた中から,経験によってすくい上げられた言葉,書かれている表側の言葉ではなく,裏側の意味とか生活感とか,そういうようなものが描けるようになると,なかなか素晴らしい劇なんだと,この頃,思うようになりました。

 例えば,『木六駄』という狂言があります。牛が12頭,木を6駄,炭を6駄,それを大雪の中,太郎冠者が京都から丹波へ峠を超えながら牛を追っていくんですよ。手には酒樽を持って,おじさんの所へお歳暮に行く。だから,大変な苦労をしていくわけですね。それは,(舞台上で実際に)雪を降らすわけじゃない。照明を使うわけでもない。どういう表現かというと,太郎冠者は,菅笠に綿をつけて,みのにも綿をつけて,たるを左手で肩に担いで,右手にむちを持ち「チョーチョー」と牛を追い,居もしない牛の隊列が居るように感じさせる。そういう難しい狂言なんです。
 途中,12頭の牛の1頭が,わらじのようなくつを踏み切っちゃう。だから,新しいくつに変えてやらなくちゃいけない。太郎冠者は苦労して,腰につけている,ありはしないくつをはかせてやって,ひもを結んでやる。そうすると,牛が太郎冠者を蹴るんですね。そのときの太郎冠者のせりふが「おのれ,俺を蹴るか。おのれが俺を蹴たと言うて,なんと思うものじゃ。その根性じゃによって,牛に生まれをるわいやい」と,こんなことを言うんです。「おまえそんな根性だから,俺を蹴るような根性だから,おまえは人間じゃなくて牛に生まれたんだよ」って悪口言ってるんですね。しかし,表面は悪口ですが,これを角度を変えてみると,もしかしたら,太郎冠者は牛小屋に牛と一緒に寝ていたのかもしれない。だから,友達に近いような言葉使いで,牛に文句を言っているのであって,決して,上から目線で下のものに文句言ってるんじゃない。「おめえ,そんな根性だから牛に生まれたんだよ」っていうようなイメージで言うとなると,牛と太郎冠者の一体感がたいへんに描かれていて,素晴らしい舞台になるんですね。それは父親の舞台を見ていて,私が感じ取った解釈ですけれども。

 そういうふうに,役というもの・対象物に対して,愛着なり優しさなりというものを持って接し,それを表現することによって,見ている方に狂言のおおらかさとか,優しさとか,見てよかったなということを持って帰っていただいて,明日の糧にしていただくというようなことが,私が,今,一番切磋琢磨しなくちゃいけないなと思うことなのでございます。決して,単に技術的にうまくなるとか,そういうようなことではないような気がしています。

木会長との対談の形で質疑の時間をいただきました












木会長との対談の形で質疑の時間をいただきました












木会長との対談の形で質疑の時間をいただきました












木会長との対談の形で質疑の時間をいただきました












木会長との対談の形で質疑の時間をいただきました












木会長との対談の形で質疑の時間をいただきました
 
(木会長との対談の形で質疑の時間をいただきました)
高木 きょうはお忙しい中,お時間をいただきましてありがとうございました。小さい頃の芸の習得の話から,そして,最後のただの技術のうまさではないというお話まで,私たちの職業に置き換えながら,いろいろためになることや,日本語の美しさということは,どういうことかなど,言葉を大事にされるお仕事をされてきた中から,非常に深いお話をいただいたと思っております。
 ここで,私のほうで,野村先生に簡単なご質問をさせていただいて,お話のまとめということにさせていただきたいと思います。
 二点,大きな質問をさせていただきたいと思います。一つ目ですが,今,学校では,子どもが主体になった学びというようなことが,よくいわれます。先生は,人間国宝となられた今も,厳しくご自身,修行をつまれていると言っておられますけれども,一生涯,この学び続けるということから考えるときに,教えること,学ぶことというのを,どういうふうに捉えていらっしゃるのかをお伺いしたいと思います。

野村 先生と生徒の関係で申しますと,まず,習っているほうは,先生に対する尊敬の念がたいへん大切です。そして,学ぶ対象に対する愛着。こういうものが,やはり成長を助けてくれるというか,成長させてくれる原点なのではないかなと思っています。
 私も,先ほど,最後に牛の話をしましたが,ああいう深い味わいというか,優しい味わいというか,そういうものを表現できれば,時代を越えて,今の方にも分かっていただけるのではないかなと。古典に親しみを持っていただけるのではないかなと思うんですね。
 それで,『柿山伏』が狂言の教科書に出ているんですけれども,僕はあんまり適当な曲だと思わないんです。山伏は特殊ですから,太郎冠者と主人のほうが,普遍的な人間関係になれるんですよ。山伏だと,今,なかなか見ることができないし。それよりは,主人と太郎冠者の関係でものを考えたりするほうが,例えば,社長さんとその会社で働いている社員の人とかいうふうに置き換えてみれば,すぐぴったりくると思うんです。

高木 ありがとうございました。ちょっと,耳の痛いお話もありましたけれども(笑)。前は,『附子』なども出ておりましたのですが。
 小学校から,狂言は国語の教科書に出ていて,伝統的な言語文化の中でも非常に重要視されています。今,お話が,一つ,先生への尊敬の念とか,それから対象に対する愛着。それから教科書の問題。この三つをお話しいただきましたけれども,きょう,随分,「狂言」というものをお話しいただきまして,私自身もとても勉強になりました。それから,ご紹介いただきましたアメリカの方ですかね。けんかした後も,その幕の向こうに行って,仲良く仲直りしてるんではないかと,そういう見方ができるんだということが,あらためてなるほどと,深く思ったところです。
 きょうは,本当に多くの先生がたが見えていて,また,明日学校で,狂言を取り上げるなんてこともあるかと思いますので,狂言の教材を取り上げるという場合に,どんなところを大事にしたらいいかっていうことを,子どもに伝えるときのヒントとしていただければと思いますが。

野村 皆さんは,教科書に狂言が出てきて,どうお教えになるんでしょうかね。プロの狂言師呼んできて,やらせるというのが一つの手ですね。それから,現代語に直して子どもたちにやらせてみるとか。あるいは,うんと熱心にやれば,われわれを呼んできて,指導させるとか。あるいは,指導させないまでも,われわれの芸を見てみるとか。そんな中から,日本語の問題を,それも美しい日本語というのは,どういうふうに身に付けさせたらいいのかっていうことを,どうぞ,クラスに持ち込んでほしいですね。
 演劇だと,フランスならモリエール,イギリスならシェイクスピアと,自分の国の言葉を学ぶお手本がありますね。狂言は残念ながら,今の言葉とあまりにもかけ離れているかもしれませんけれど。
 しかし日本語を大事にしてきた芝居としては,たいへん代表的な存在だと思うので,現代語にしていただいても結構で,そこから入ってもいい。さっきの,ドナルド・キーン先生の言葉じゃないですけれども,(狂言を)味わって身近なものにしていただくといいなと思うんですよ。
 例えば,昔,私は信州でよく狂言をやって学校の生徒さんにとても喜ばれました。『附子』という狂言をやって,「あおげ,あおげ」「あおぐぞ,あおぐぞ」というと,みんな喜んだ。体育館で見た後,教室へ帰る間に,「一段と,よかろう」なんて言葉を楽しそうにまねするんですね。そういう純な子どものときの感じというのは,われわれがプロとして学ぶときの,「時の花」「時分の花」という言葉がありますが,みんな子どもたちには花があるんだろうと思うんです。それを狂言なり何なりの授業からすくい取っていただけるといいなと思います。

高木 やはり,言葉を楽しむという原点がとても大事ということですね。もちろん日本語の美しさということもあるでしょうけれども,伝統の中でいちばん培われてきたものがあって,それを教室に持ち込むことの意味があるんだということを,あらためて確認させていただいたような気がします。
 そして,言葉の優しさ,言葉ということの大事さも,もちろんありますが,外国の研究家の方がおっしゃったという,幕の向こうへ行けば,仲直りしてるような日本人らしさ,そういう和やかな穏やかな優しさのようなものですね。それらを,狂言,あるいは古典の言葉を通して,私たちが教室で伝えられれば,小学校で教材にしていく非常に大きな意味があるのではないかというふうに,あらためて思わせていただきました。
 きょうは,本当にお忙しい中,長時間にわたってお話しいただきまして,ありがとうございました。