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 第7回大会のご報告

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国語教師にとっての成長とは
 現在「言語活動の充実」が求められる私たちが,国語教師にとっての「成長」を考えるとき,大村はま氏の実践の軌跡をたどることは意味のあることだと思われます。本日のまとめとして,1950年代から70年代の大村氏の取り組みを振り返り,今私たちが直面している課題を解決するためのヒントを探ってみたいと思います。
大村氏の軌跡から「成長」の指標を探る  
大村氏の軌跡から「成長」の指標を探る
 昨今「言語活動の充実」が謳われておりますが,言語活動そのものは,突如現れてきたものではありません。これは昭和20年代から今にいたるまで学校教育,とりわけ国語教育の中心的な・継続的な課題であり,これまで数多くの教師が試行錯誤を重ねてきました。
 50年近く教師を務めてきた大村はま氏も例外ではありません。教師人生において,彼女の言語活動に取り組む姿勢は決して同一であったわけでなく,1950年代から70年代までの間で,およそ10年ごとに節目を迎えているようなのです。そこで,彼女の「言語活動の充実」を目指した単元学習の道筋の中に,教師にとっての「成長」の指標を探ってみましょう。
50年代から60年代の取り組み  
50年代から60年代の取り組み
 1950年代の大村氏は言語活動への方法そのものに対して集中的に取り組んでいました。子どもたちが自分たちで探して見つけた話題・題材で,調査活動や発表活動など様々な言語活動を行わせていたのです。子どもは意欲的に取り組んでいるように見えましたが,検証を行ってみると,彼らにとって全く手ごたえのない活動であったことが分かりました。
 1960年代の大村氏はそのことを受け,題材・話題を限定して指導にあたりました。その結果,これまで子どもたちから聞かれていた不満の声が激減し,達成感に満ちた学習を実現することができたのです。

70年代の取り組み

 
70年代の取り組み
 1970年代になりますと,大村氏はさらに限定をかけます。
 ここまでの指導を振り返ってみますと,発表中,教室の中には級友の話をただ漫然と聞いている子どももいたわけです。そのことに着目した彼女は「なぜ,聞き手はその話題・題材について話を聞かなければならないのか」という問題を正面からとらえました。
 そこで,クラスで同一のテーマを設定し,グループごとに異なる角度から追究するというように,学習の中で級友の発表をきちんと腰を立てて聞く「必然性」を設定することを心がけたのです。
まとめ  
まとめ
 このようにまとめますと,言語活動には様々な局面があると思われます。その局面ごとに意識を向けるべき方面を開拓し,その一つ一つに何をすればよいのかを考え,限定を加えていった大村氏の取り組みの軌跡を,仮に「成長」と呼ぶことができるならば,現在私たちが共通して取り組んでいる「言語活動の充実」へのヒントも,そこにあるのではないでしょうか。また,本日のさまざまなワークショップ・講座におきましても,そのヒントが具体的な形で示されているという印象を受けました。
 来年も,皆様とこのひらく会でお会いできることを楽しみにしております。本日はどうもありがとうございました。