line decor

 第7回大会のご報告

line decor

私たちは,いま,どこに立っているのか―国語科における言語活動の授業づくりのために―
 国語科における「言語活動の充実」に際しては,「指導事項の分割と分析」をしてみることが効果的であるということは,本研究大会でも,何度かお話して参りました。
 今回は,「言語活動」を考える上で大事な国語科の歴史を振り返るとともに,「言語活動の充実」が求められる「知識基盤社会」とはどのような社会であるのか。言い換えるなら,今,私たちは,どのような場所に立って教育活動を行っているのかを確認しつつ,国語科の授業づくりについて考えます。
言語活動の充実は,今,始まった特別なことではない
 
 
 
 
画面をクリックすると別ウィンドウがひらきます。
 
 
 
 
言語活動の充実は,今,始まった特別なことではない
 
言語活動の充実は,今,始まった特別なことではない
 言語活動を通してということが盛んに言われております。ただ,本当のところ,もう一つよく分からないという声も聞かれます。ここで,もう一度振り返り,私たちは今どこに立っているのか,出来事における言語活動の理由づくり,ということで,お話をさせていただきます。
 今は,言語活動というと,特別なことのように思われがちですが,戦後の学習指導要領の変遷を振り返ってみますと,今回が特別なことではありません。昭和22年の学習指導要領試案に言語生活とか,単元学習が出てきます。戦後の社会の再出発という意味があります。それが少し整理されたのが,昭和26年の小学校学習指導要領(以下,学習指導要領)。次の昭和33年の学習指導要領で,読解などの理論のほうをさらに精選し,明確にしていくことが求められました。いわゆる,説明文と文学みたいなものが明確に位置づいてくるのがこのあたりです。この時期に少し過ぎて,学力テストが始まります。昭和43年の学習指導は読書指導を非常に重視したと言われています。30年代が読解に傾き過ぎたという反省もあって,読書重視が言われたわけですが,実際には読解指導が非常に盛んに行われた時代だったのかもしれません。昭和52年の学習指導要領で,表現と理解,言語事項という,2領域1事項の時代がやってきます。ここでは,共通1次試験という,いわゆるセンター試験の前のものがでてきて,解答も,マークシート方式ですので,正解を選ぶというようなことが,高校最後の段階に求められてしまったことも,読解ということをさらに強化していくような方向に動いたのかもしれません。一方で,国語教本の中から,読者論というのが導入されて,「いろいろな読み方があっていい」ということが,強調されています。この時期に,中曽根内閣によって臨教審がひらかれました。生涯学習のことや,変化の多い時代に対応して,個性重視の教育をしていくのだということが言われ,それが結局現在につながっているわけです。平成元年の学習指導要領では,生活科ができたり,センター入試が始まったり,今にして思うと,やはりインターネットの普及というのが,非常に大きな社会的影響を与えたのではないかと思います。それから,平成10年版の学習指導要領で「話すこと・聞くこと」「書くこと」「読むこと」というように変わります。また,「生きる力」などが前面に出され,全国学力学習状況調査が始まり,一方で読書を大事にしようという動きも生まれてきます。
 昭和52年と平成元年時の学習指導要領では,一度,言語活動例の記述が消えるのですが,そのとき以外,平成10年版以降,学習指導要領に,言語活動に関わる記述はずっとあったのです。今回の学習指導要領に関しては,言語活動例が,前面に出てくるとともに,一つのプロセスがある,そういう活動として示されたことが,これまでとの大きな違いだと思います。

「語彙力」と「学力」と「富士山モデル」  
 
 
 
 
「語彙力」と「学力」と「富士山モデル」 画面をクリックすると別ウィンドウがひらきます。  
 
 
 
 
「語彙力」と「学力」と「富士山モデル」
 
「語彙力」と「学力」と「富士山モデル」
 PISA2009の調査結果を見てみます。フィクション,つまり小説を読む・読まないという子たち。また,新聞を読む・読まないという子たち。比べていただくと,新聞や物語や小説を読む子たちのほうが,世界的に見ても成績が上位にあるようです。
 読書をする子は比較的語彙力が高いということがあります。読書をするから成績がいいのか,成績がいい子が読書に興味をもつのか,この因果関係は定かではありませんが,連動している力だと思われます。
 そこで,私なりのモデルを考えてみました。「富士山モデル」と,世界文化遺産登録を祝って勝手につけさせていただきました。言葉というのは,比較的正確に伝えられる領域というものがあると思います。「だいたいの領域」には,非常に広い,聞いたことある,見たことある,そんな言葉の領域がある。この領域から,いろいろと使ったり聞いたりすることを通して,あがっていくわけですね。私が小学校高学年くらいのとき,「具体的」という言葉を,ぜひ使ってみたく,使う場を狙っていました。ところが,悲しいことに,私には「ぶたいてき」と聞こえていたのですね。字を思い浮かべても,どうしても合わない。ずっと,変だ変だと思いながら,でもこういう言葉は格好いいから使いたいと思っていました。それが,あるときに,「具体的」と分かった。そのとき,「抽象的」なる言葉が対にしてあるということも分かった。そのように,聞いたことがあるという言葉が,だんだん正確に使えるようにポンと上がっていくわけですね。
 それを少し整理してみました。雪の部分。「正確に伝える領域」を大きく豊かに育てたいとします。「だいたいの領域」の言葉が「正確に使える領域」に浮上する候補となっていくのですが,それには,「だいたいの領域」を広く大きく育てることが前提となります。つまり,大体の学力の維持という発想も必要になるのです。「だいたいの領域」を広くするためには,大量の言葉のシャワーを浴びさせるのがよいでしょう。新聞や読書などによって,たくさんの言葉に触れるということが,一つ重要な役割を持っている。子どもたちがいろいろな生活を通して,見たことがある漢字とか,聞いたことがある言葉というのを増やしていく。それが,この雪の部分を豊かに,広くすることにつながるのだと思います。

教科書と本・新聞などの主な役割について考える 画面をクリックすると別ウィンドウがひらきます。  
 
 
 
 
教科書と本・新聞などの主な役割について考える 画面をクリックすると別ウィンドウがひらきます。
 
教科書と本・新聞などの主な役割について考える
 新聞とか本とか,そういうものにいっぱい触れて,語彙力を高めていくこと。「だいたいの領域」に言葉を,たくさんプールしておくということが必要になってくることをお話ししてきました。そこで教科書との役割分担について考えてみます。
 正式に使える領域の言葉は,教科書を中心にしてきちんと身につけていくべきと考えます。そして,そのベースになるような部分には,本や新聞など,いろいろな言葉があります。また,それらの下には,さらに,話し言葉やメール,ネットなどのような言葉の海,情報の海が広がっているのです。本や新聞などは,その中から一定程度,信頼性のある情報として汲み上げていっている。読書指導や語彙指導は,そういった関係性を改めて見直すことなのであろうと考えます。
 私たちは,どうしても,白い部分,雪の部分だけに目が行きがちなのですが,この裾野のほうも大事にする発想も必要でしょう。学力テストにおいても,その場ですぐ結果は出ないかもしれませんが,小学校で子どもたちが数多く言葉に触れたことが,中学校で,あるいは,高校で花開く,ということがあるかもしれません。そういうことも見据えて,小学校の先生方は,言葉に触れるということを考えていただくことが大事なのかなと思います。この部分がなくなるのは,裾野がなくなるということですので,やはり教科書的な言葉だけというのは,不安定なことではないでしょうか。
語彙力と言語活動。それによって思考するということ  
 
語彙力と言語活動。それによって思考するということ 画面をクリックすると別ウィンドウがひらきます。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
語彙力と言語活動。それによって思考するということ
 
語彙力と言語活動。それによって思考するということ
 語彙力等を使って言語活動を行う,あるいは言語活動を通して語彙力が付くのですが,それによって「思考する」ということは,どういうことなのでしょうか。それを,今日はやや冒険ではありますが,絵本を紹介させていただくことで,お話ししたいと思います。

 (『絵くんとことばくん』(天野祐吉作/大槻あかね絵)より引用。作品は,小学校4年の「僕」が母親に小遣いの値上げをポスターにかいて頼むところからスタートする。「ポスターを作って交渉する」という言語活動に例えられた)

 学習指導要領の指導事項にあって教科書にあるからやるということをレベル1とすると,「ただやっただけじゃ駄目だよ。そこで,ちゃんとした知識にも身につけなきゃ駄目だよ」というのがレベル2ですね。相手,目的,効果,分かりやすさ,説得力,そういうものを考えて,相手のメリットまでを考える。そこまで考えてやるのが,言語活動の中身として,そして,国語科として大事なんだ,ということですね。
 では,知識と技能が身につけば,思考力が育ったと言えるのでしょうか。もちろん,レベル1よりはずっといいわけですが,そこに,おそらくレベル3にあたるようなことが必要になってくるのです。表現の仕方だけを身に付けるのではなく,仕方を考えるプロセスにおいて,思考力,つまり,この効果をあげるためには,どういう観点から物事を考えたらいいかということを自分たちで考える力を持つことが,別の場面においても,自分たちで考え出せる力につながっていく。だから,ただ言語活動として何かできればいいということではなくて,そのプロセスでどういう思考力を育てていくかという発想が必要になってくるのです。
 ただできればいい,できるようになればいい,ということではないのだということをもう一度踏まえて,言語活動の充実ということをあらためて考えていくことが重要であろうと思います。
 最後に,富士山の図をいっぱい使いましたので,今回は世界文化遺産登録ということもあり,祝って終わろうと思います。実は,私はこの松原の向こう側,最後まで登録されるかどうかといわれた三保の松原の生まれなのです。この富士山が登録されたというところから,先ほどの図を思いつきましたので,ご紹介させていただきます。
 ありがとうございました。