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 第6回大会のご報告

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「間」を探る−講話と対話の考察
 NHK「にほんごであそぼ」などでおなじみ,講談師の神田山陽先生。講談師としての経験,イタリアでのある出会い,郷里の北海道での取り組みなどから,最近,ご自身がお考えになっている,コミュニケーションの問題について,ワークを交えてお話しいただきました。

特別講座の流れを紹介します。
講談師とは池上彰さん  
講談師とは池上彰さん
 「講談とはお上に対する怒りの芸であり,講談師とは現代でいえば池上彰さん。」――講談とは何か,という話の中で,山陽先生はこのように語られました。日々,世の中に起こる事件を庶民に解説し,時の政府に対して一言物を申す。そして,語りによって日銭を稼ぐ。これが講談と講談師の本来の姿であるといいます。
 そんな講談師にとって,もっとも重要なのが,「今日性」と「個人性」であるというところから,今日のワークショップが始まりました。
イタリアの語り部  
イタリアの語り部
 現代の講談のあり方を見直したいと感じた山陽先生は,講談に通じる語りの芸能があると知り,イタリアへと渡ります。そこで山陽先生が出会ったのは,イタリアの講談師ともいえる,ラウラ・ブリードという語り部でした。
 彼女の語りは,あるときは,戦前の大タイプライターメーカー「オリベッティ」の社会政策を賞賛し,返す刀で現代イタリア一の資本家であり首相のベルルスコーニの批判へと展開します。またあるときは,彼女の子ども時代のエピソードから現代イタリア社会への批判を展開します。
 「今語らなければならないことを今語る」という「今日性」と,「自分にしか語れないことを語る」という「個人性」。この二つに裏打ちされた,彼女の語りを聞いた山陽先生は,「私は赤穂浪士の話しかできなかった」と,自身の講談のあり方を見直すことになったそうです。
「子どものためのまちづくり」と北海道  
「子どものためのまちづくり」と北海道
 イタリアでは,山陽先生の現在の活動のきっかけとなるもう一つの出会いがありました。それは,「子どものための町作り」という取り組みを行うローマ大学のトルキ先生との出会いです。
 「子どものための町作り」とは,「子どもが住みやすい町はみんなが住みやすい」という理念のもと,子どもの視点からの町作りを行い,犯罪の抑止や孤独死の防止などの成果を上げている運動です。自身の講談師としてのあり方に悩んだ山陽先生は,トルキ先生から「故郷に帰って,子どものことを考えながら,講談を見直してみたらどうですか。」というアドバイスを受けます。
 そして,山陽先生は,帰国後,その言葉通り,郷里の北海道に向かいます。大空町立東藻琴小学校に特別聴講生として入学した山陽先生は,学校での生活やお泊まり会などで,子どもたちと交流を深めていったそうです。「20年後の未来を考える仲間を作るため」――こう山陽先生は語りました。
ボリュームの難しさ  
ボリュームの難しさ
 さて,故郷の町で暮らし始めた山陽先生はあることに驚かされます。それは「挨拶」がないこと。濃密な人間関係の残る地方の暮らしでは,人との距離感を考える必要がなく,関係性の入り口となる挨拶をすることがないのでは,と山陽先生。そして,その距離感と密接に関わるのが,声のボリューム。ボリュームの調整が苦手な人が多いことにも驚かされたそうです。
 さあ,ここで,声のボリュームについて考えるワークです。まずは,さまざまな相手を想定して「ありがとう」と言ってみます。最初は,手に持った大切なものに語りかけるように。次は,照れくさいくらい近くにいる大切な人に向けて。どんな声になるでしょうか。次は,少し離れて相手を呼びます。相手が見えていないときと,見えているときとでは,どのように音量が違うでしょうか。実は,このワークは,イタリアの伝統芸能「コンメディア・デッラルテ」というマスク(仮面劇)のワークをアレンジしたものだそうです。
 場違いなボリュームは,コミュニケーションの妨げになります。こんなワークを通して,自分がどのような声を出していて,どのように自覚的になることが大切なのです。
 講談師の世界でも,声のボリュームは最も大事な要素の一つ。最初は隣家に響くぐらい徹底して声を出し,その後,徐々に自分の声を取り戻しながら,調整する能力を身に付けるそうです。
「フラ」とは  
「フラ」とは
 修行を重ね,お客さんの前で演目を行うようになってからも,声量の難しさはついて回ります。語りにうまく引きつけられず,お客さんが寝てしまうようだと,自分の中で語ることになり,声が弱くなってしまうのです。そして,ここからが,修行の正念場だそうです。
 山陽先生の修業時代は,本牧亭(東京都台東区)という講談専門の寄席が無くなってしまった1990年1月10日の後にあたります。そして,このことが,山陽先生の「フラ」を育てたそうです。「フラ」とは,その人の雰囲気から出てくる独特のおもしろさのことで,声質と密接に関わっています。講談の寄席がないため,落語の寄席で修行をしていた山陽先生の声質は,実は落語寄りで,理論立てて語っていく講談師のそれからは離れているそうなのです。
 「フラ」を考える上で,とても大事なのが,その人の個性。芸は師匠をまねしながら上達していくものですが,「フラ」だけは,そっくりにはできない。若くして上達する人ほど,得てして,師匠の声質までまねしてしまって,伸びなくなってしまうそうです。自分の個性を意識して,「フラ」を磨き,使っていく必要があるのです。
期待に応えて話す  
期待に応えて話す
 話すことを考える上重要なこととして,山陽先生が挙げたもう一つのポイントは,「期待に応えて話す」ことでした。
 ここでは,再びマスクの練習をもとにしたワークを行いました。参加者のお一人にご協力いただき,ワークを始めます。ワークに挑戦する参加者には後ろを振り向いていただき,その間に山陽先生がさまざまな動作をします。例えば,@手を広げる,Aいすに乗って手を組む,Bホワイトボードに寄りかかる……,といった,特に意味のない動作です。挑戦者はこの動作と同じ動きを探り探り行います。会場は,挑戦者が近い動きをしたら,拍手で知らせます。拍手をもとに,会場の期待を読み,動いてみるのです。
 上手くいくためのコツは,少しずつ,少しずつ体を動かして,その都度会場の反応を見ること。マスクはもちろん,お笑いでも,講談でも,期待に応えるというのは,このようなものを発展させたものだといいます。そして,これは学校の授業でも同じではないかと山陽先生は付け加えられました。
「間」の難しさ  
「間」の難しさ
 そして,話は,本講座のタイトルにもあるとおり,「間を探る」という内容に。山陽先生によれば,「話すこと」の中で最も難しいのが「間」であるとのこと。それは,絶対的な間など存在せず,その人なりの間があるからだそうです。
 ここでのワークは,クロストーク。二人組になって,一人が言ったことに対してかみ合わない内容をだいたい同じ音節や長さで返すというものです。「朝晩涼しくなってきましたね」「昼はラーメンを食べました」「クライマックスシリーズはどちらが勝つでしょうか」「今日は女性が多いですね」……。これがやってみるととても難しく,挑戦した参加者も悪戦苦闘でした。
 しかし,このように会話が食い違って,しかも会話が成立してしまうということは,実は日常生活ではよくあることなのです。そんな不思議な現象を成立させているのが,「間」なのではないかと,山陽先生はおっしゃいます。つまり,言いたいことを相手の言葉と同じくらいの感じで返すときに生まれるリズムが「間」であり,いい間というのは,(発言内容の如何に関わらず)とても心地よいものなのです。
終わりに  
終わりに
 「今日お話したことに,矛盾もあるでしょうが,矛盾を感じつつ,そこにつじつまを合わせることが大切なのではないか」講演のまとめとして先生はこう切り出されました。
 「対話や間に関わる問いは,そこにある人間と人間との関わりの中で,無限の多様性をもっています。そんな容易に答えが出ない問いだからこそ,ひとりひとりが,粘り強く考え抜いていく必要があるのです。講談師であれば,大勢のお客さんの心をつかむために,お客さんの期待を捉え,ボリュームや声質を意識的に使って試行錯誤をしていくということになります。それでは,教師という仕事ではどうなのでしょうか?」参加者である先生方に,こう問いかけました。

 最後の20分は,先生の創作講談をみんなで堪能。すっかり聞き惚れているうちに,あっという間に120分が過ぎていました。