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 第5回大会のご報告

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シンポジウム/これからの古典教育
 新学習指導要領に「伝統的な言語文化に関する事項」が新設され,小学校にも古典教育が導入されました。では具体的に,小学校の古典教育では,どんな指導が求められているのでしょうか。それを受け,中学校の指導はどう変わるのでしょうか。3人の先生方に,それぞれの立場から,お話していただきました。
はじめに(田中洋一先生)  
はじめに(田中洋一先生)
 生活の質を向上させ,豊かさと便利さをもたらす「ことばの力」は,数千年をかけて先人たちが築き上げた文化といえます。
 平成18年の教育基本法改正により,「伝統を継承し,新しい文化の創造を目指す」方針が明らかにされ,これに基づき,学習指導要領の国語科に「伝統的な言語文化」が位置づけられました。
 本日は,「これからの古典教育」について,3人の専門家にお話をうかがいます。
 水戸部先生には,学習指導要領を作成した立場から,小学校教育に「伝統的な言語文化」が入った意義や背景,小学校での授業作りについて伺いました。
子供たちの「根」となり「翼」となる力を(水戸部先生)  
子供たちの「根」となり「翼」となる力を
(水戸部先生)
 4月から新教育課程が実施となり,今,改めて問われているのが,古典を通して「どんな力を,なぜつけるのか」ということです。
 中教審答申では「伝統的な言語文化」について,次のような指針を示しています。「我が国の言語文化を享受し,継承発展させるため,生涯にわたって古典に親しむ態度を育成する指導を重視する」こと。今,私たちの社会は,これまで以上に国際化・グローバル化が進展しています。子供たちが,国際社会で活躍するときに,考えたり,交流したりするための「根っこ」となり,やがては「翼」となる力,それが「伝統的な言語文化」です。指導においても常にその点を意識したいと思います。
古典との豊かな出会い(水戸部先生)
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古典との豊かな出会い(水戸部先生)
 では具体的に,どのような授業作りをすればよいのでしょうか。
 まず,古典教育の全体像を見通した上で,では小学校では何を目ざすかと考える必要があります。「伝統的な言語文化に関する事項」は,小中連携の新たな必要性をあぶり出したともいえます。
 また,従来の古典には,作品を教え込むイメージが強くありましたが,それでは「生涯にわたって親しむ」態度はなかなか育ちません。小学校では,言葉の響きやリズムを体感したり,自分の「お気に入り」を作ったりするところから始めるといいでしょう。古典との出会いができるだけ豊かなものになるといいですね。紀要には3時間のコンパクトな事例を紹介しました。ご参考になれば幸いです。

 中島先生には,小学校に古典教育が入ったことで,中学校での指導がどう変わるのかを伺いました。
不安にならず,でも安心もしないで(中島先生)  
不安にならず,でも安心もしないで
(中島先生)
 誤解を恐れず言えば,中学校での古典指導は,それほど大きく変わるものではありません。ただし,「これまでと同じ」ではない。不安にならないでほしい,でも,安心もしないでほしいのです。
 中学校の指導で大切なのは,まず,小学校での指導をよく知ること。学習指導要領や生徒が使ってきた教科書を十分理解した上で指導すべきだと思います。次に,学習指導要領をきちんと押さえること。古典を通してどのような力をつけるかを把握し,言語活動を通して指導事項を指導することを徹底してほしいと思います。
新しい授業構想に向けて(中島先生)
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新しい授業構想に向けて(中島先生)
 授業構想の際,意識していただきたいことが幾つかあります。第1に「事項」の枠組みです。古典は従来「読むこと」でしたが,今後は「話す・聞く」「書く」でも指導できるようになります。新しい発想が期待されます。第2に,古典に「親しませる」というねらい。古典に自ら近づく姿勢をどう育てるか考えたいところです。第3に「言語文化」。古典指導を通して,文化としての言語や文化的な言語生活を考えていく必要があります。例えば,現代の言葉を生み出した土壌として古典を捉える視点も大切でしょう。第4に,「古典に見られるものの見方や考え方」。従来,「現代に通じる価値観」という切り口が重視されてきましたが,実は「古典にしかない価値」もあります。現代にはないが,それを知ることで間接的に現代が浮かび上がる。そんな切り口も示してあげられるといいなと思います。

 甲斐先生には,高校入試問題の分析から,そもそも古典とは何かについて伺いました。
「古典」とは何か(甲斐先生)  
「古典」とは何か(甲斐先生)
 古典を「古典」たらしめる条件とは何でしょうか。第一に古い時代,一般には江戸時代以前に成立した作品であること。第二に多くの人が価値を見出した言語作品であること。第三に継続性,長期間繰り返し読まれてきたことです。しかし過去5年間に出題された高校入試問題を分析すると,必ずしもそうではない。100年前の教科書には掲載されていなかったのに,今日,中等教育の古典として流通しているものがあるのです。これは,だれかが新たに価値を見出して教材化し,古典として定着したということです。価値は創出されます。古典というと,つい作品を限定しがちですが,実際には,教材化の可能な作品もまだまだたくさんあるのです。
古典化への参加(甲斐先生)
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古典化への参加(甲斐先生)
 古典は,読者が参加して初めて古典になります。入試として出題することも,教科書に掲載することも古典化への道ですし,教室における先生と子供のやり取り,議論もまた,欠かせない過程といえます。入試問題でいえば,紀要で扱った1006題中900題以上が,音読,内容理解,古典の知識を確認するものです。一方,最近では「読者」としてどう思うかという問いも出てきています。この問題はまた後程お話しします。
   
フロアとの質疑応答です。
フロアとの質疑応答です

フロアとの質疑応答です フロアとの質疑応答です フロアとの質疑応答です
 
フロアからの質問
●小学校の古典は年間10時間程度。伝統的な言語文化に「親しむ」ために,各発達段階で最低限どこまで指導すべきでしょうか。
●5〜6年の指導事項に古典の「内容の大体を知る」とありますが,小学校では具体的にどこまで求められるのでしょうか。

水戸部先生
 小学校の全指導事項95項目のうち,「伝統的な言語文化に関する事項」は5つだけです。年間何十時間もかけるわけにはいきません。まず,マトリックス形式で年間指導計画を立て,どの学習でどの事項を重点的に指導するかを明確にすることが大切です。ねらいを焦点化し,各領域との関連を工夫することで時数は確保できます。また,「内容の大体を読む」ですが,特に低学年では,すべての教材を精読すると,読むことの絶対量を確保できないという問題があります。短い時間の中でたくさん読むことも大切です。


フロアからの質問
●中学校の教諭です。1年のときは皆,楽しそうに学ぶのですが,3年になると格差ができます。皆が楽しく古典を学び,古典を好きになるにはどういうところに気をつければよいでしょうか。

中島先生
 古典が嫌いになる原因の一つに,仮名遣いや言葉の意味などの言語的抵抗があります。作品に入り込むのに時間がかかるのですね。これを取り除くために,口語訳や注釈を有効活用してはどうでしょう。また,中学校で扱う古典は文学的な内容がほとんどです。現代文の小説や物語を読むときと同じスタンスで臨んでいいと思います。現代語訳をして終わりではなく,人物像や人物どうしの関係,筆者の考えなどを読むことが中学校では可能だと思います。

甲斐先生
 古典には豊かなストックがありますので,新鮮な作品を発掘することも大切です。例えば「古今著聞集」は,笑えるという点で現在に通じるものがあります。また,生徒たちの等身大の意見や感想から議論を始めるなど,自由なアプローチを試みたいものです。もともと,古典にはさまざまな読みを許容する豊かさがあります。読むための多様な視点を用意するといいでしょう。
質疑のまとめ(田中先生)  
質疑のまとめ(田中先生)
 小学校の古典に関する事項は95分の5,年間10時間以下。少ない時数で「古典に親しむ」ため,教科書では文語詩や俳句を分散し,「薄くたくさん」古典にふれる機会を設けました。
 また,高校では嫌いになる生徒が多いようですが,中学生は概ね古典が好きというアンケート結果があります。内容の大体を知り,ストーリーを楽しむ授業が受け入れられてきたのでしょう。学習指導要領の改訂は,新しい教材・指導法を試みるよいチャンスです。新しい中学校の教科書も冒険をしていますので,ぜひ見てみてください。

 最後に,これからの古典教育が目ざすところについて,3人の先生方にうかがいました。
古典化への参加(甲斐先生)  
古典化への参加(甲斐先生)
 古典には,現在では意味を補わなくては読めない部分があります。最近の入試問題では,その「空白」に,どのような解釈を投入するかが問われるようになりました。現代文もそうですが,読者の解釈の数だけ作品があります。また,多彩な解釈を許すところに,教材としての懐の深さがあるのです。「空所」を探し出し,さまざまな解釈の可能性を楽しむこと。それが,これからの古典指導の一つのあり方として許容されるのではないかと思っています。
教材の本質に即した指導(中島先生)  
教材の本質に即した指導(中島先生)
 古典に親しむ態度を育成するには,古典のおもしろさを引き出す切り口が大切です。例えば,登場人物の人物像を考えさせることで,生徒は自然に文章に立ち返ります。また,古典においても思考力・判断力・表現力の育成に役立つ「言葉」を意識したいところです。古典は古典として読ませることで,言葉に対する知的な興味を喚起できます。例えば,美を表す古典の多彩な語彙,「うるわし」「きよら」などを現代と比較し,違いを手がかりに言語文化を考えさせるのも一つの方法です。言語的抵抗をなくすために,概略は現代語訳で押さえ,言葉に焦点化するときは古文に戻るといった,教材の本質に即した指導が必要だと思います。
生涯にわたり,自分自身を支える言葉(水戸部先生)  
生涯にわたり,自分自身を支える言葉
(水戸部先生)
 古典に一層親しむためには,言語活動の工夫が不可欠です。特に有効な方法として,「選ぶ」「比べる」「作る」活動があります。例えば「選ぶ」。和歌や韻文などは選集として編まれたものが多く,アンソロジーを作るのは,古典本来の楽しみ方といえます。また,「比べる」。これも古典研究の重要なアプローチです。例えば,文庫本による読みの違いを辿っていくと,伝本系統の違いや研究の歴史まで見えてきます。これらの学習は,「言葉の力を高める」ことと密接に結びついています。私は,生涯に渡り自分自身を支える言葉をもつことが大切だと考えますが,子供たちが大好きな古典作品をもつことは,私たちにできる,大きなことだと思います。
まとめ(田中先生)  
まとめ(田中先生)
 義務教育では「生涯にわたり古典に親しむ」ことを目ざしています。そのためには,まず古典の多様なおもしろさを堪能できるような授業が必要です。また,新学習指導要領は言語活動を重視し,生徒の主体的な学習活動を柱に据えています。古典も例外ではありません。現代語訳や訓読・解釈中心の教師主導型授業ではなく,子供たちが自分の感想を自由に述べ合えるような授業が大事だと思いました。3人の先生方,示唆に富んだご提案をありがとうございました。