line decor

 第5回大会のご報告

line decor

未来を切りひらくことばの力
 「ことばと学びをひらく会」発足5周年に当たり,第1回〜第4回の基調講演の要点を整理しつつ,今後の国語科の在り方について考えます。
 ことばは,私たちに何かを与えるが,同時に何かを奪うこともある。しかしそれでも,私たちはことばの力を信じ,未来を切り拓かなければなりません。そんなことばの力とは何か,皆さんとともに考えたいと思います。
第1回研究大会「これからの時代に求められる国語力と読書指導」
 
 
第1回研究大会「これからの時代に求められる国語力と読書指導」
 
 
第1回研究大会「これからの時代に求められる国語力と読書指導」
※画面をクリックすると別ウィンドウがひらきます。
 
第1回研究大会「これからの時代に求められる国語力と読書指導」
 まず,簡単にこれまでどんな話を基調講演でしてきたかを振り返りたいと思います。
 第1回大会は学習指導要領が出る前の年なので「読書指導」を取り上げました。その少し前に「これからの時代に求められる国語力」が出されたと思います。
 自分だけが生き残ればいいという価値追随型から価値創造型という考え方にしていくということ。粘り強く,時空を引き寄せ,作り変え,立ち止まる,そんなお話をいたしました。

第2回研究大会「背景からみた新学習指導要領『リテラシー』獲得のためのリテラシー」
 第2回大会は,学習指導要領の出た年で,「リテラシー獲得のためのリテラシー」というお話をしました。これは私が自分で使っている言葉ですが,どんな社会になるかわからないという社会の中で求められるリテラシー,それが「知識基盤社会を生き抜くためのリテラシー」です。例えば,工学部を出た学生が,工学系の仕事をずっとしていけるわけではなくて,銀行員になったら経済の力をつけなければならない,というように新しいリテラシーを獲得しなければなりません。つまり,新しい力を獲得するための,基本的なリテラシーが求められているということです。
 振り返ってみますと,環境問題,エネルギー問題などは未来の他者を考えないと成り立たない問題でしょう。そう考えると今回の震災のその後の言葉の力を考えるうえでも重要なことでした。
第3回研究大会「今なぜ,言語活動の充実か」
 
第3回研究大会「今なぜ,言語活動の充実か」
 
第3回研究大会「今なぜ,言語活動の充実か」
※画面をクリックすると別ウィンドウがひらきます。
 
第3回研究大会「今なぜ,言語活動の充実か」
 第3回大会では,いろいろな学力に関する調査を通して,「思考力・判断力・表現力」が不足している,課題がある,ということがいわれ,そのために「言語活動の充実」が求められている,というお話をしました。
 これまでの学力観を近代化型能力というならば,これから求められる能力はポスト近代型能力といえます。基礎学力があるだけではだめで,意欲や創造性などが求められている。そういう状況のなかで言語活動が求められているのではないか。国語科における言語活動は,知識・技能・能力をきちんと教えないと,「活動あって学びなし」になってしまうことになるので,(提示シートの)楕円の中を指導することが大事だということを申し上げました。
 他教科と比べてみましょう。国語科では言語における知識・技能を中心に身につけますが,例えば道徳でも「話し合い」が行われることはあるでしょう。それは知識・技能とはいわないかもしれませんが,そういうものを中心に楕円の中を充実させるということです。それぞれの教科で似たような活動をしていたとしても,ねらいや中身は教科によって違うということになります。
 ただ,二次的に国語や道徳にかかわる力はつくが,大もとを間違えると混乱のもとだということで最近はお話ししているので,そのことをつけくわえさせていただきました。

第4回研究大会「国語科における言語活動の授業作り〜指導事項の『分割』『分析』〜」
 
第4回研究大会「国語科における言語活動の授業作り〜指導事項の『分割』『分析』〜」
 
第4回研究大会「国語科における言語活動の授業作り〜指導事項の『分割』『分析』〜」
※画面をクリックすると別ウィンドウがひらきます。
 
 
 
第4回研究大会「国語科における言語活動の授業作り〜指導事項の『分割』『分析』〜」
 
第4回研究大会「国語科における言語活動の授業作り〜指導事項の『分割』『分析』〜」
 第4回大会では,指導事項を分割してみるとウエイトがかかっているところが見えてくる。それでも足りないので分析する。そのようにして指導計画を立てていかないと漠然としてしまう。そういうことをお話ししたかと思います。
 分割・分析したことを言語活動例に組み込んでいく。これは指導要領をもとに作っていくことになるので,それぞれの学校の学校目標や活動目標にあてはめてもらえばいいと思います。指導案でいうならば,「道具レベル」に具体化していくということです。よく指導案に学習活動が少ないものがありますが,私は具体的に書き込んでいったほうがいいと思います。

 昨年は,それにしても何のための言語活動か,思考力・判断力・表現力なのか,と私なりに考えました。動物化する〜自分の中だけで閉じて他者との関係が閉ざされている,自由と個人の劣化,他者との交換可能性,「もしかするとそのときそこにいたのは自分たちだったかもしれない」という発想で物事を考えていく必要。そういう他者との可能性を活性化するためにも言語活動は大事であると思います。
 「言葉によって世界をつなぎ止め,つなぎ止める自分を振り返り,つなぎ止める言葉に立ち止まる……」と赤字で書いたところは私のイメージですが,こんなイメージで言語活動をとらえています。言い換えますと,どんな世の中になるかわからない中で,私たちは問い続けていかねばならない。そのための技法として言語活動を位置づけていくことが必要であるということをお話しさせていただきました。

 第1回から第4回大会までの基調講演についてまとめてまいりましたが,これらはすべて未来を切り拓く言葉の力の指導であったと思っています。
 現行の言語活動のイメージはどうしても実用的な言語表現に目がいきがちですが,学習指導要領を見ると文学的な表現についても大事にされています。第5回大会では,そういう角度からもう一度問題を整理しておきたい。これが後半の話になります。
ことばにおける「実」と「虚」,そして「理」
 
 
ことばにおける「実」と「虚」,そして「理」
※画面をクリックすると別ウィンドウがひらきます。
 
ことばにおける「実」と「虚」,そして「理」
 上田閑照(うえだしずてる)という人の「ことば―その虚の力」より引用してお話しします。
 「実のこと」とは,例えば新聞の報道記事を読んだら,その記事の向こう側にいろいろな事件があったというところに気持ちがいってしまう,というようなことです。「虚のこと」とは,詩のような表現は直接事柄を想像するのは難しい,というようなことをいっています。
 「夕焼け 野尻湖畔に住む子供の作」という詩を使って上田氏は「虚」と「実」のことを説明しています。
 シートをもとに簡単に説明します。3行目までが事実で,4行目は詩的な表現です。これがこの作品を詩的なものに変えてしまっています。そして5.6行目で,「実」と「虚」の言葉を使い全体をまとめているのです。
 では,どうして「虚」の事を言わねばならないのでしょうか。
 シートの囲みの中は私の付け加えになります。「虚」と「実」があるのが人間世界です。「虚」だけだと,そういう世界の中だけに生きる人が重大な事件を起こしたことがありました。だから「虚」も「実」もどちらも大事なのだということです。
 そして,私はこの「実」と「虚」に「理」を加えたいと思います。これら三つが支え合いながら未来を切り拓くのではないでしょうか。

石原吉郎の詩に,極限状況から回復しようという強い意志,祈り,希望を重ねる
※画面をクリックすると別ウィンドウがひらきます。
 
 
石原吉郎の詩に,極限状況から回復しようという強い意志,祈り,希望を重ねる
 
 
 
石原吉郎の詩に,極限状況から回復しようという強い意志,祈り,希望を重ねる
 
石原吉郎の詩に,極限状況から回復しようという強い意志,祈り,希望を重ねる
 さて,応用編になりますが,10年くらいまえに教材探しをしていたときに気になっていた詩です。
 石原吉郎という詩人の「麦」を読み上げてみます。
 この詩には,事実だけではなく,言葉の世界だけでしか実現できない,言葉の世界だけで成り立っていると思える部分があります。読むと,生命・祈り,希望,未来などの言葉が浮かんでくると思うのですが,いかがでしょうか。
 震災の跡の風景と重ねたときに,これから芽吹いてくる植物の姿に未来への希望を重ね,わたしなりに詩を読み替えた,ということになります。
 石原吉郎という人は特異な体験をしている人でシベリアに8年間抑留されていました。「失望と沈黙のあいだ」というエッセイを読むと,限界状況の中で言葉を失っていく,失語するということは,人への関心を奪い,自分を,行為を失ってしまう,と言っています。極限の中での人のあり方,言葉のあり方を見つめた詩人でありました。
 似たような状況があったと探していたのですが,それはヨハネによる福音書の12章,24節からの引用でした。「一粒の麦,地に落ちて死なずば,唯一つにて在らん。もし死なば,多くの果を結ぶべし。」
 極限状況から人が回復しようというときこういう詩が作られたのかと思えます。震災以後,私がこういった詩をいろいろと思い出していたのは,こういうことが響き合っていたのかと思うところです。

 そうしたところ川上未映子氏が,震災後に読む作品として「石原吉郎詩文集」を挙げていました。
 彼女は,「この詩文集には,震災後,不安を抱えながら,恢復へ向かってすすまなければならないわたしたちに言葉の可能性そのものを伝えてくれる。今は無力に思えても,長い時間をかけて言葉が掬い,また可能にするものはあると,信じている。」と述べています。
 先ほどの話と結びつけるならば,私はこの詩文集が「実」「理」「虚」からなる作品と思っています。読むことで,私たちは,希望を,未来を考えていくことができるのではないかと思っています。
私たちにできること  
私たちにできること
 いろいろな人たちの言葉が劣化していると言われていますが,私たちがやるべきことは,特別なことではなく,日々,子供たちに,着実に未来につながるような言葉の力をつけていってあげることではないかと思っています。
 大会紀要で,私が大会テーマについて書いた部分になりますが,7月に福島のある地域に講演に行ってまいりました。そこで私に最も強い印象を残したのは,ある先生の言葉でした。先生は,「子供たちは外に出られません。夏なのにプールにも入れません。教室の窓も開けられません。ですからせめて授業だけは楽しく,そして力をつけてあげられるものでありたい。そう思って今日は勉強しにまいりました。」とおっしゃいました。
 私たちにできることは,私たちの仕事,言葉の力をしっかりとこどもたちにつけてあげるということ,その積み重ねが大事なのだと改めて思いました。

ことばの「実」と「理」と「虚」の力を信じて
 
ことばの「実」と「理」と「虚」の力を信じて
 過去の言葉を今に再生させる読者の力,読み替えることで,それを私たちのエネルギーにしていくことについてお話しいたしましたが,最後に言葉の「実」と「理」と「虚」を,その力を信じて確実に一歩一歩子供たちに言葉の力をつけていってあげること。それがこの会としても,また,日本中の先生方もが果たしていくべき役割ではないかということを申し上げて私の基調講演とさせていただきます。
 ありがとうございました。