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 第3回大会のご報告

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記念講演/日本語は「乱れて」いるか 〜テレビの現場から〜
最近の若者は「ら抜き言葉」を使っている,けしからん。という嘆きの声を聞いたのも,今は昔。もはや誰も「ら抜き言葉」を咎めなくなりました。ややもすると,年配の人まで使っていたりして。これは,日本語が乱れているのでしょうか。それとも「変容」しているのでしょうか。生きている言葉は,常に変化し続けています。変化の最初は,「言葉遣いの間違い」として始まります。「間違い」をする人が多くなると,それは「言葉の揺れ」と認識されます。さらに多数の人が使うようになると,それは「変化」になります。「正しい言葉遣い」とは,多数決で決まるものだからです。そんな実例を挙げながら,日本語について考えてまいります。日本語の面白さ,美しさを考えるきっかけになれば幸いです。
大人も見ている「週刊こどもニュース」  
大人も見ている「週刊こどもニュース」
「週刊こどもニュース」を11年間やって,いまだに「お父さん」とよばれています。その前に首都圏ニュースのキャスターを5年間担当していました。テレビやラジオの現場で日本語と悪戦苦闘してきた体験談をさせていただきたいと思います。
よく「『こどもニュース』はいつ収録しているのか」「ほかの日は何しているのか」という質問をいただきます。番組は,生放送ですから,子供達が何を言い出すかわからないというスリルとサスペンスに満ちあふれていました。そして,ほかの日は番組で取り上げるニュースを何にするかを考え,番組で使う模型を作っていました。裏方ついでに画面に出ていたようなものですね。
「こどもニュース」といっても,大人も見ています。こうすればわかりやすい説明ができるのかという研究のために,永田町や霞ヶ関界隈でも視聴率が高いようです(笑)。大人向けのニュースが難しくなりすぎているのでしょうね。こどもニュースは基礎の基礎からやりますから,それが大勢に見てもらえる理由なのでしょう。
「わかりやすく伝える」とは「暗黙知」のギャップに気づくこと
 
「わかりやすく伝える」とは「暗黙知」のギャップに気づくこと
 
「わかりやすく伝える」とは「暗黙知」のギャップに気づくこと
「こどもニュース」の中に「世の中まとめて一週間」というコーナーがあって,これはNHKニュースから4〜5本選んで書き直します。書き直したものが子供にわかるようになっているか本番前に読み聞かせ,内容がわかるまで書き直します。ニュースには抽象的な概念が入ってきますから,番組はそのような概念がある程度わかる小5の子達にわかるように作ろうと考えています。こんな例がありました。「大学生14人が冬山に登ったら,雪が深くて下りられなくなってしまいました」というニュースで,「なんで寒くて危険な山に登るのだ」と子供達。「そこに山があるからだ」とスタッフ(笑)。もちろんそれでは通じませんね。つまり,大人は冬山登山があることを知っているが,子供は知らない。これが「暗黙知」のギャップです。暗黙知とは,学校で教わった自覚のない,自然に身についた知識のことです。そこでこのようにニュースを直しました。「大学のワンダーフォーゲル部という山登りを楽しむクラブの学生14人がクラブ活動で冬山に登ったところ,雪が深くて下りられなくなってしまいました」
「わかりやすく伝える」とは,勝手に「これでわかるだろう」と思い込んでしまう暗黙知のギャップにどこまで気づけるか,自覚的になれるかということがポイントだと思っています。
想像力は世界を救う  
想像力は世界を救う
どこまでわかってもらえるか,相手に対する想像力をどこまでもてるかということは「思いやり」だと思います。子供達にきちんとした学力を身につけてもらいたい,そのためにはどうしたらよいかと想像力を働かせることは,相手に学力をつけてもらいたいという「思いやり」でしょう。
私の好きな言葉に「想像力は世界を救う」というものがあります。飢えている子供達や内戦で逃げている人々がいて,それは自分達が実際に見ることができない遠い世界のことであっても,私達人間は,想像力を働かせることができるから,助けに行こうと行動をおこすことができるのです。想像力は世界を救うことができるのです。先ほどの高木先生のお話にもありましたが,皆さんにも想像力を働かせてもらいたいと思います。
生きている言葉は変化していく  
生きている言葉は変化していく
言葉の乱れということについてお話しします。 コンビニなどで「1000円からお預かりします」「1000円で大丈夫ですか?」などと言われても驚かなくなりましたし,14,5年前までは,「ら抜き言葉」を指摘すると「よくぞ!」と視聴者にほめられましたが,今や誰も問題にしなくなりました。「食べれる」という使い方は,可能の言葉にしかなり得ません。合理的な使い方ですから,私は,いつか定着するだろうと思っていました。本来の意味からは間違っていても,みんなが使っているうちに間違っているとはいえない言葉として定着してしまうことがあります。「感動して鳥肌が立つ」「情けは人のためならず」「雨模様(あめもよい・あめもよう)」「水面(みのも・みなも)」「他人事(ひとごと・たにんごと)」「白夜(はくや・びゃくや)」などですね。言葉は最初,誰かが間違って使いますが,間違いが多くなってきて,正しい言葉と間違った言葉がある状態になる。それは,言葉の「揺れ」です。そして,いつしか,みんなが間違った使い方をするようになり,それが正しい言葉として定着することになります。言葉はそうやって変化していくのですね。
それから,いつも使っているとアクセントが平板化するということもあります。「ヤンキー」「サーファー」「サポーター」などがそうですし,その土地に住んでいる人は地名の読み方が平板化し,「長野」「前橋」「萩」などアクセントで出身地がわかることもあります。私が赴任していた「呉」もそうでした。
日本語を美しく使いこなしていくために
 
日本語を美しく使いこなしていくために
 
日本語を美しく使いこなしていくために
絶対に乱れない,間違いの起きない言葉があります。ラテン語です。ラテン語はバチカンの公用語ではありますが,勉強して使う言葉で,普段は使われないいわば死んだ言葉です。日本語というのは生きている言葉ですから,変化します。徒然草の中にも,最近の若者の言葉は乱れている,といっている章段があります。永遠の課題なのですね。言葉は生き物だから変化していくことに目くじらをたてても仕方がないのですが,あまりにひどい言葉は多数派になる前につぶしたいものです。なるべく美しい言葉を生かしていきたいと思います。
今は,横文字をそのまま使うことが多くなりましたが,やや安易な気がします。明治の人々は,海外から言葉が入ってきたときにいろいろな努力をしました。例えば「economy」という言葉には経世済民から「経済」という言葉を生み出しました。そのように新しい日本語として作り,定着させていく努力をすることが大事なのではないでしょうか。 福沢諭吉先生(※池上先生は慶應義塾大学ご卒業)は,みんなの前で堂々と意見を発表することが大事ということで「演説」という言葉を作り,世の中を動かしていくその訓練をするために演説館を作りました。演説館は今でもこのキャンパス内に当時の様子をとどめておりますが,明治の初めに演説館を作ったその意味を考えていただきたい。私達が使っている日本語を,子供達が,美しくきちんと使いこなし,世の中を,人々を動かしていくのだという力として身につけていってもらえればと思っております。
本日は,講演会場が慶應義塾大学ということで,このようなお話をさせていただきました。ご静聴ありがとうございました。